ケータイ辞書JLogosロゴ 木屋村(近世)


広島県>総領町

 江戸期〜明治22年の村名。備後国甲奴【こうぬ】郡のうち。広島藩領。家老三原浅野氏給知。村高は,元和5年「知行帳」,「芸藩通志」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに617石余。寛政4年の三原御分指出帳では戸数293・人口573,馬8・牛58(持牛37・預り牛21),酒屋2,紙漉13。紙漉は,浜子の住人某が,伊勢参りの途中で習い覚えて土産に持ち帰ったことから,農家の副業として行われるようになったといわれている。文政2年書上帳では,「紙漉人数28人」「川筋のもの少々宛紙を漉き申候」とある。明治4年広島県に所属。同9年木屋小学校を設置。明治初年の戸数199・人口684。同17年安田村と境界変更。同22年市制町村制施行による木屋村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421662
最終更新日:2009-03-01




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