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広島県>熊野町

 大正7年〜現在の安芸郡の自治体名。大字は編成せず。製筆業がますます盛んになり,大正8年5,850万本,昭和11年7,000万本を生産。大正9年に毛筆品評会を開催し技術向上を目指したほか,同15年に熊野商工会を結成し製筆業振興に力を入れた。このほか昭和10年毛筆商業組合,同17年毛筆工業組合,同19年毛筆統制組合,同25年毛筆事業協同組合が結成された。しかし昭和6〜12年をピークとして次第に生産量が減少し,第2次大戦後は小学校での毛筆使用が廃止され一時衰退したが,最近では毛筆のほか画筆,化粧用・工業用刷毛を生産し,全国80%のシェアを占めている。昭和6年本庄村の一部を合併し,平谷・川角の2大字を編成。なお旧熊野町域は中溝・城之堀・萩原・初神・新宮・呉地・出来庭などの通称に分かれる。同40〜42年に広島県により,平谷・川角および呉市押込町にまたがる山林地帯が造成され,モデル団地が造られた。同47年この地域の区画整理が行われ,貴船・神田・柿迫・東山・石神の5大字が起立され,7大字となる。世帯数・人口は,大正9年1,483・6,560,同14年1,580・6,841,昭和5年1,642・6,911,同10年1,783・7,510。人口は,同15年7,744,同20年9,636,同55年2万4,252。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421761
最終更新日:2009-03-01




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