ケータイ辞書JLogosロゴ 倉橋島村(近代)


広島県>倉橋町

 明治22年〜昭和27年の安芸郡の自治体名。大字は編成せず。明治24年の戸数2,356・人口1万2,824。同23年呉鎮守府下に入り呉軍港の境域に定められる。同31年島の東南端の亀ケ首に大砲試射場設置,甲鉄耐弾試験を開始(呉市史)。昭和17年袋ノ内湾東岸に特殊潜航艇基地が設置されたほか,付近の山腹に高射砲台・石油貯蔵基地などの整備が進められた。一方,全島が軍の管理下に置かれたため民間の開発は制限された。各集落が三方を山に取り囲まれた湾奥に位置するため道路の整備は遅れ,交通は専ら番船によった。明治25年宇品―呉―本浦間に航路が設けられ,大正14年には宇品〜倉橋間の航路新設(同前)。昭和27年陸路最大の難所であった本浦〜宇和木間の宇和木峠越え道路完成。明治41年の戸数2,385・人口1万5,546。世帯数・人口は,大正9年3,134・1万4,051,昭和5年3,417・1万5,087,同22年4,548・2万60,同25年4,351・2万18。同27年倉橋町となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421774
最終更新日:2009-03-01




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