ケータイ辞書JLogosロゴ 高尾村(近世)


広島県>西城町

 江戸期〜明治22年の村名。備後国奴可郡のうち。広島藩領。明知方。村高は,元和5年「知行帳」および「芸藩通志」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに114石余。「芸藩通志」によれば,戸数24・人数92,広さは東西20町・南北10町,牛18・馬23,「農余炭焼,鉄穴の業あり」とある。神社は八幡神社・厳島大明社,鉄山業の守護神である金屋子神社などがある。水利は,文政年間には井手11・溜池6(国郡志書出帳)。嘉永年間には鉄穴は本口5(鉄穴持主水筋御運上口数調・郡務拾聚録/小田家文書),炭を植木鈩へ売る。鈩で生産された銑は,西城・東城の問屋を経て,福山・尾道・鞆などに送られた。猫山は鈩製鉄に必要な木炭を供給した。同じ住むなら猫山三里,猫山三里内で食えぬ者はどこへ行ってもやってゆけないといわれるほど,近隣農民に種々の稼ぎ口を与えていた。当村では砥石も産した(芸藩通志)。明治4年広島県に所属。同21年には戸数34・人口179。同22年八鉾村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421853
最終更新日:2009-03-01




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