ケータイ辞書JLogosロゴ 河内村(中世)


広島県>河内町

 戦国期に見える村名。安芸国豊田郡のうち。応仁2年3月17日付幕府奉行連署奉書などで小早川惣領家平への還付を命じたなかに河内村が見える。文明3年4月28日の将軍家御教書では平が新荘椋梨家とともに久芳・戸野・郡戸・河内・造果などの城を攻撃している(小早川家文書)。しかし大永3年8月10日の安芸東西条所々知行注文に「河内村七十伍貫 平賀知行」とあり,平賀氏の支配下にあった(平賀家文書)。その後,上河内と下河内に分かれる。「芸藩通志」によれば,廃寺が上河内村に五塔寺,中河内村に甘露寺とあり,城跡は上河内村に新城山,中河内村に大道城・藤城・茶臼山城があると記す。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421871
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ