ケータイ辞書JLogosロゴ 古頃村(近世)


広島県>比和町

 江戸期〜明治22年の村名。備後国恵蘇郡のうち。はじめ広島藩領,寛永9年三次【みよし】藩領,享保5年から再び広島藩領。村高は,元和5年「知行帳」184石余,「芸藩通志」346石余,「天保郷帳」184石余,「旧高旧領」346石余。「芸藩通志」によれば,戸数64・人数270,広さは東西1里20町・南北2里,牛162・馬41。神社には古頃八幡神社があり,延暦10年中間氏が宇佐八幡宮を勧請したものと伝える。寺院には曹洞宗無量山大福寺がある。砂鉄の産地として知られ,享保年間には村内に鉄穴が10か所,向原には鈩,大滝・高谷には大鍛冶があった(旧県史)。寛永13年当村に生まれた卍山禅師は山城・摂津・加賀で曹洞宗の布教と改革に尽くし,大福寺に碑がある。明治4年広島県に所属。同5年頃大福寺に寺子屋があったが,同8年には郷蔵を校舎として小学校が開設され分功園と称した。同9年官営広島鉱山が発足し向原にも作業所が置かれた。同21年の戸数128・人口622。同22年比和村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421928
最終更新日:2009-03-01




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