ケータイ辞書JLogosロゴ 木屋原村(近世)


広島県>比和町

 江戸期〜明治22年の村名。恵蘇郡のうち。はじめ広島藩領,寛永9年三次【みよし】藩領,享保5年から再び広島藩領。村高は,元和5年「知行帳」では「こや原村」と見え818石余,「芸藩通志」553石余,「天保郷帳」818石余,「旧高旧領」553石余。「芸藩通志」によれば,戸数49・人数208,広さは東西30町・南北35町,牛95・馬28。元常谷は元常川流域にあり,「芸藩通志」には「もとは木屋原の内なり,元禄の比,別村とすといふ,文字,旧は大止常と書きしといへり」とあるが,「元禄郷帳」では木屋原村に含まれ,のちに分村した。神社は八幡神社,もと比和川西岸にあったものを天正13年山内氏が現在地に勧請したといい,若宮と称する。上流諸村の鉄穴流しによる大量の土砂流出があり,嘉永3年6月の大洪水では耕地2町6反余を流失,郡内最大の被害を受けた。幕末から明治初期にかけて護岸工事が進む。明治4年広島県に所属。同5年頃寺子屋があり,同8年には郷蔵をもって校舎とする小学校が設置され,誘勧舎と称した。同9年出雲路は雲州街道と改称され,3等県道となった。元常谷は同11年当村に合併。同19年福田小学校を木屋原小学校に合併。同21年の戸数99・人口567。同22年比和村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421972
最終更新日:2009-03-01




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