ケータイ辞書JLogosロゴ 小和田(中世)


広島県>比和町

 南北朝期から見える地名。備後国恵蘇郡地毘荘のうち。伊与東村に属す。康暦元年10月10日の多賀通俊所領売券に「ちひの志やうの内伊与のひんかしむらのこわた」と見え,地内の田畠が10か年の年期を限って売られている(山内首藤家文書)。地毘荘の地頭山内首藤氏の勢力下にあり,戦国期には三子山城を居城とする三河内氏の根拠地であった。三河内八幡神社(神宮寺沖に鎮座)は,天正年間に三河内通只(道忠・通忠)により馬場山二本松から現在地に移されたという。また曹洞宗祥光山慶雲寺は,古くは勝光山にあって天台宗に属したと伝えられ,のち山麓に移ったというが,天正年間に三河内氏が現在地に堂宇を建立し菩提寺としたものという。なお,東方奴可郡との境界をなす坊地峠【ぼうじだわ】は,奴可西条との境を示す牓示に由来する地名と考えられる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421979
最終更新日:2009-03-01




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