ケータイ辞書JLogosロゴ 西条(中世)


広島県>西城町

 南北朝期から見える地名。備後国奴可郡のうち。奴可郡を東西に分けて呼称したうちの一方。奴可東条の初見は鎌倉初期にさかのぼるが,西条は少し下って南北朝期となる。文和4年11月1日の宮師盛安堵状,永享10年3月9日の足利義教安堵状に「東条内宇計原村〈本役分有之云〉並西条森村内田地」とあり,中興寺に安堵されている(備後叢書)。下って,西城町熊野神社所蔵になる文亀2年4月27日の熊野社証誠殿造立棟札に「備後州奴可郡西条保久里村」,天正4年11月吉日の金福寺宮社殿再興棟札にも「備後州怒郡西条保久里村」と見える。この間,天文10年5月の元就公郡山御入城記(島根県史8)に「尼子西条表乱入候而,芸州無捨置候」とあり,当地が毛利・尼子両氏の合戦場となったことが知られる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421987
最終更新日:2009-03-01




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