ケータイ辞書JLogosロゴ 瀬戸島村(近世)


広島県>音戸町

 江戸期〜明治22年の村名。安芸国安芸郡のうち。「元禄郷帳」では「瀬戸村」と見える。広島藩領。蔵入地。村高は,元和5年「知行帳」876石余,「芸藩通志」1,315石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,317石余。「芸藩通志」によれば,隠戸・波多見・畑・有清・先奥・藤の6か村と瀬戸町の7浦からなるとされ,戸数988・人数4,400,牛272・馬1,200石以下の船263,「隠渡新開」5町余と記される。江戸後期,渡子島や大柿などの網代は瀬戸網が漁事をしていた。近傍から漁師が持ち寄る肥鰯の余りを煎雑喉や干鰯に仕立てて音戸へ搬入ののち,阪神地域へ数万俵が上っていたという(大柿町史)。総じて「都て村に居るものは漁を主として,商賈其内にあり,浦々は農を主として,時に采樵す」という(芸藩通志)。明治3年の郷村高辻では,諸職人水役銀89貫726文,紺屋灰運上銀3貫48文,鰯網運上銀12貫53文,浦方の役家に課される繋船米4石余とある(芸藩志拾遺)。同4年広島県に所属。同5年鰯浜に郵便局と警察(海田市分署)ができる。同7年音戸小学校・奥内小学校が開校。同21年の戸数1,799・人口1万224。同22年市制町村制施行による瀬戸島村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7422423
最終更新日:2009-03-01




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