ケータイ辞書JLogosロゴ 田島(中世)


広島県>内海町

 室町期から見える地名。備後国沼隈郡のうち。多島とも書く。正長元年10月20日付備後守護山名時宛行状(因島村上文書)に「備後国多島地頭職事,為給分所宛行也」と見え,守護山名氏から当郷が村上備中入道に宛行われている。瀬戸内海交通の要津として栄えた。「兵庫北関入船納帳」によれば文安2年3月29日に「田島 榑百石メ……木工兵衛 二郎三郎」とあるのをはじめ,この年,19回も当地の船が兵庫北関(現神戸市内)を通っている。主な積荷は備後塩で年間4,000石以上にも上った。また「戊子入明記」にも応仁2年当時の渡唐船の中に「備後国々料」として「田島宮丸 七百斛」があったことが見える。天正16年閏5月,島津義弘は上洛の途次に安芸国高崎を過ぎ「田島と云る所」を通っている(島津義弘書状/島津家文書)。なお享徳2年8月12日付先達道者宿坊願文(熊野那智大社文書)に「備後国多島中人」として八郎二郎以下3人の名が記されている。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7422598
最終更新日:2009-03-01




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