ケータイ辞書JLogosロゴ 津江村(近世)


広島県>黒瀬町

 江戸期〜明治22年の村名。安芸国賀茂郡のうち。広島藩領。村高は,元和5年「知行帳」では「つゑ村」と見え519石余,「芸藩通志」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに682石余。「芸藩通志」によれば,畝数59町余,戸数250・人数1,302,牛149・馬2。庄屋は幕末期佐々木氏の名が見える。氏神は字樋ノ上にある樋ノ上八幡神社。延長元年5月の勧請と伝える。当村開祖を刈谷権大夫といい,同社に鍬を肩にした権大夫という像があり,神体としている。建武2年2月,応永8年4月などの新居氏の棟札が残っている。「大日本安芸州東条郷黒瀬村」とあり,黒瀬が東条郷の中にあったことが知られる。小祠は樋ノ上に稲生神社,河内に河内神社,三山に大元神社,廃寺として台田に本照寺跡阿弥陀堂・松ケ原廃正覚寺阿弥陀堂・田代の廃源正庵阿弥陀堂・大日迫の廃日徳寺観音堂などがある(賀茂郡志)。新開として大平山山麓に5町がある(芸藩通志)。川角村檜谷から始まる広島への往還道は楢原・兼広村を経て当村に入り,西の亀割峠を越えて熊野萩原へ出る。明治4年広島県に所属。同5年荒田岩十宅に遂倫館を創設,同15年に津江小学校,同19年御堂小学校,同20年津江簡易小学校と改称。同22年下黒瀬村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7422691
最終更新日:2009-03-01




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