ケータイ辞書JLogosロゴ 戸河内村(中世)


広島県>戸河内町

 室町期〜戦国期に見える村名。安芸国山県郡のうち。応永35年8月19日の祖綱外四名連署寄進状に「安芸国山県郡大田郷戸河内村」と見え,この中に実際寺領理地庵屋敷があった(実際寺文書)。天文11年3月3日毛利元就が飯田元重に対し「戸河内かいさこ名内かいの上二反,屋敷面三反」を与えている(閥閲録50)。同年3月28日には「戸河内よこ路内ちりか崎六段」(同前),また年未詳ながら戸河内のねおき名の内畠3反・田4反が同人に与えられている(同前)。また天文11年3月10日「戸河内代名内まこもさこ六段」,年未詳3月25日には「戸河内代名内さかね三段」が,毛利元就によって中村新右衛門尉に宛行われている(譜録)。また,天文11年3月27日中村弥二郎に「戸河内代名内まこも一町」が宛行われた(閥閲録168)。永禄3年11月4日飯田又右衛門は,戸河内で2貫500目を給地として毛利隆元から宛行われている(譜録)。厳島廻廊棟札写には,文禄5年9月に「山県郡戸河内市住人河野道正」が廻廊1間を寄進していることが記されている(大願寺文書)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7422840
最終更新日:2009-03-01




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