ケータイ辞書JLogosロゴ 渡子島村(近世)


広島県>音戸町

 江戸期〜明治22年の村名。安芸国安芸郡のうち。広島藩領。蔵入地。村高は,元和5年「知行帳」では「たはら・はやせ・とのこ島」として380石余,「芸藩通志」580石余,「天保郷帳」「旧高旧領」も同高。ただし明治3年の郷村高辻に入ってない新開地2町余がある(芸藩志拾遺)。「芸藩通志」によれば,「はじめは,田原,早瀬,渡子の三浦を合せて名とせしが,今は単に渡子を称す。広十四町,袤六十町,西北田を敷く。居民農余に薪を売る」と記し,戸数260・人数1,499,牛117,船100石以下30とある。比較的農業生産性は高かったが,隣接する瀬戸島村や倉橋島村に比べて商工業・海運業の発展は劣っていた。明治4年広島県に所属。同7年田原小学校が開校。同22年市制町村制施行による渡子島村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7422875
最終更新日:2009-03-01




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