ケータイ辞書JLogosロゴ 中河内(近代)


広島県>河内町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ大河村,大正13年からは河内町の大字。明治24年の戸数143・人口596。同27年山陽鉄道(現国鉄山陽本線)糸崎〜広島間開通,地内に河内駅設置。周辺町村の物資の集散地として駅を中心に市街地化が進展する。大正元年有志により劇場河内座建設。昭和6年河内駅椋梨川鉄橋上で急行列車転覆事故発生,即死7・重傷63・軽傷77を出した。同13年芸妓置屋設立。第2次大戦前の経済的中心地として発展した。同23年町役場が上河内から移転,同29年役場庁舎落成,以後行政の中心地となる。同33年農家経済の安定と食生活の向上を図るために中河内に県立南部淡水魚指導所を誘致したが,同44年廃止。徳富蘇峰が安芸の嵐山と替嘆した用倉山の原始林や安芸の耶馬渓とも称される深山渓など観光資源に恵まれている。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7422936
最終更新日:2009-03-01




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