ケータイ辞書JLogosロゴ 飛渡瀬村(近世)


広島県>大柿町

 江戸期〜明治22年の村名。安芸国佐伯郡のうち。広島藩領。能美島東が分村して成立。村高は,正徳2年所務役人頭庄屋郡邑受方記289石余,「芸藩通志」296石余,「旧高旧領」314石余。「芸藩通志」によれば,戸数220・人数1,059,牛61,舟21,舟運に従事,大内義隆の家臣金子平七盛助が来住し,その子孫が医者となり,文政年間には道兆がいた。享禄年間の大内家の下文を蔵すという。寺院は文禄年間僧了尊の開基と伝える浄土真宗寂静山妙覚寺,もと極楽寺と称し,真言宗であったが,慶長元年僧清尊が浄土真宗に改宗し,寺号を改めた。極楽寺跡に小堂がある。明治4年広島県に所属。同11年飛渡瀬小学校を創設。同20年の人口は2,180。同22年市制町村制施行による飛渡瀬村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7423444
最終更新日:2009-03-01




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