ケータイ辞書JLogosロゴ 比和(近代)


広島県>比和町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ比和村,昭和8年からは比和町の大字。比和村の中心部を占め,近世以来出雲路沿いに市街地が形成されていた。明治24年の戸数215・人口980。同34〜37年にかけて道路改修が行われると路傍での牛馬市が繁栄し,市街化は一層進んだ。同39年森脇に米子製鋼所石カ原製鉄所が開業し,銑鉄運送のため交通量が増加。同43年浄土寺坂下に家畜市場が開設され,周辺には民家も増加。近世以来本町・新町の町割がなされていたが,市街地の発展により上組・中組・下組と称されるようになり,大正10年には世帯数159となった。昭和8年の町制施行の頃から町割は上町・中町・下町と改められた。この頃市街地には役場・郵便局・駐在所・公会堂・小学校・公民学校・芸備銀行比和支店・乾繭所・医院3・旅館4などがあった(比和町誌)。昭和20年前後疎開・引揚げなどで一時的な人口増があったが次第に減少し,同40年頃から過疎化が進んだ。同45年比和谷川岸に温泉が発見され,同47年比和町開発総合センターの付属施設として比和温泉あけぼの荘が開業し,町民の保養などに利用されている。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7423488
最終更新日:2009-03-01




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