ケータイ辞書JLogosロゴ 府中町(近世〜近代)


広島県>福山市

江戸期〜昭和40年の町名江戸期は福山城下の町人屋敷地福山城の東,北は本町,東は胡町・大黒町,南は鍛冶屋町,西は本町・上魚屋町・桶屋町当町は北から上府中町・下府中町の2か町に分かれ,天和3年〜元禄11年頃の備後福山町絵図には「府中町上」「同下」と記されているなお「旧県史」には「初葦田郡府中市の人長野与一郎来住し,多くの借家を建て,郷里の名を移して府中町と呼べり」とある「備陽六郡志」によれば,上・下それぞれの町の規模は131間余・1,695坪余・戸数48(本家31・表借家17),規模126間余・1,880坪余・戸数46(本家28・表借家18)「福山志料」では,それぞれ長さ131間余,戸数55・人数181,長さ126間余・戸数43・人数162当町の茶屋には茶座が認められ,茶の売買を独占していた(福山市史)明治初年上府中町と下府中町は合併して府中町となる明治21年の戸数96・人口311同22年福山町,大正5年福山市の町名同6年の戸数65・人口366昭和20年8月の空襲で全焼同40年大黒町・胡町・城見町1〜2丁目となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7423584
最終更新日:2009-03-01




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