ケータイ辞書JLogosロゴ 丸山村(近世)


広島県>黒瀬町

 江戸期〜明治22年の村名。安芸国賀茂郡のうち。広島藩領。元和5年「知行帳」,「芸藩通志」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに297石余。「芸藩通志」によれば,畝数35町余,戸数85・人数507,牛37・馬2。庄屋は佐伯屋(田坂氏)の名が幕末〜明治年間に見える。氏神は字真野本にある真野本八幡神社,正和5年3月勧請と伝え,応永13年洪水で流されたが,御神体が下流の堤上に留まったので,翌年社殿を建てて祀ったという。寺院はなく西向寺・円通寺・浄満寺などが地名として残り,円通寺は不動堂を残す(賀茂郡志)。僧悟澄は慶応元年庄屋西亀(田坂氏)恕七郎の招きに応じて栖霞楼を開く。この塾から明治中期に活躍する広村の藤田譲夫・田坂九一郎・満田了誓・平賀寛夫・田坂茂樹などが出る(黒瀬だより)。名泉として金竜水は富士竜王山の麓滋多古谷にある(芸藩通志)。明治4年広島県に所属。呉街道の黒瀬川にかかる松ケ瀬橋は,はじめは小舟で渡していたが,のち2枚板をかけ橋状にし,同13年県費500円で欄干付の橋梁とした。同22年中黒瀬村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7423761
最終更新日:2009-03-01




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