ケータイ辞書JLogosロゴ 御手洗町(近世)


広島県>豊町

 江戸期〜明治22年の町名。安芸国豊田郡のうち。広島藩領。江戸期は大長村の枝郷。「町覚書帳」によると,寛文6年耕地を屋敷地にすることを藩から許され,正徳3年町年寄役が置かれた。庄屋は文化5年に置かれ,町用所からは年行司・筆頭のほかに唐物改役・年番役・歩銭壱合米取立役・茶屋支配役・揚屋支配役・中背支配役などを置いて,港町の機能を果たさせた。宝永4年には航海安全・商売繁栄の神として,九州小倉から勧請した恵美須神社が建て替えられた。文政12年には大坂商人で広島藩の蔵元である鴻池の寄進した住吉神社が建立され,殖産興業政策の一環として,大波止が藩の事業として構築された。北前船の寄港によって,一時は商業の隆盛を見たが,寄港船が減少し,日傭・仲仕などは生活に困窮し,文政2年・弘化4年の2度にわたりストライキを起こした(町用覚)。文化3年〜安政5年の間に3つの私塾,明治6年には小学校知新館が開設された。同12年大長村から分村。同20年の人口1,582。同22年市制町村制施行による御手洗町となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7423819
最終更新日:2009-03-01




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