ケータイ辞書JLogosロゴ 宗近柳国村(近世)


広島県>黒瀬町

 江戸期〜明治22年の村名。安芸国賀茂郡のうち。広島藩領。村高は,元和5年「知行帳」,「芸藩通志」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに622石余。「芸藩通志」によれば,畝数65町余,戸数170・人数686,牛81・馬2。庄屋は幕末期菅田氏。氏神は字上ノ畑の五体王子社または五霊社(現五神社)といい,5体の仏像を安置する。承久元年宗近式部入道覚寿の勧請(棟札写)。伊保山神社は字宮木とあり八幡神を祀る。寛徳2年豊前国宇佐から勧請という(賀茂郡志)。もとは西条寺家村郡八幡の御旅所でもあった。権現社(現榎山神社)は権現原にあって,伊邪那岐神ほか2神を祀る。元応2年8月鈴木三郎左衛門義則が紀伊国日高郡草井郷から当地へ移住の時,熊野十二所権現を勧請したと伝える。旱魃・悪疫・害蝗に験があるという(同前)。光岩堂は字岩谷にあり鈴木三郎左衛門の創立,明暦年間真言宗から浄土真宗となる。円竜寺堂は建久2年創立。阿弥陀堂は五神社のそばにあり,無量寺の跡で五輪塔など多くの石造物を残す。明治4年広島県に所属。同5年土肥宗十郎が強恕館を創設,同7年宗近小学校,同19年南方小学校と合併して片山小学教場,同20年柳国簡易小学校と改称。同22年上黒瀬村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7424045
最終更新日:2009-03-01




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