ケータイ辞書JLogosロゴ 安田村(中世)


広島県>吉舎町

 室町期〜戦国期に見える村名。備後国三谿郡のうち。湯谷荘のうちという(芸藩通志)。吉舎大慈寺所蔵宗綱語録の中の奇山秀大師五七日拈香に「備后州三谷郡安田村居住,辻塚孝男藤原春実,某日伏値養母某五七忌辰」と見え,応永年間末に安田村住人が養母の供養を行っている。戦国期に至ると弘治3年,毛利氏は防長に進出した際,芸備の国人領主らと軍勢統率に関する契約を認めたが,和智一族から和智誠春・柚谷元家・安田元賢・上原豊将の名が挙がっている(毛利家文書)。続いて永禄4年毛利元就・同隆元父子が小早川隆景居城雄高山を訪問したとき供奉した衆の中にも,安田少輔十郎(元賢)の名がある(小早川家文書)。安田氏は奥尾(尾首)城に本拠を置いていた。永禄12年和智誠春・元家(久豊)の兄弟は毛利隆元毒殺の嫌疑をうけて誅殺され,一族安田氏も安田から離れた模様である。なお臨済宗清浄山香積寺は天文15年安田氏の建立。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7424133
最終更新日:2009-03-01




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