ケータイ辞書JLogosロゴ 安田村(近世)


広島県>吉舎町

 江戸期〜明治22年の村名。備後国甲奴郡のうち。はじめ福山藩領,元禄11年幕府領,享保2年からは豊前中津藩領。村高は,元和5年「知行帳」478石余,元禄12年備前検地,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに633石余。備前検地の際,郡内の石盛決定の基準となる「土地之見立」の村となる(備後国福山御領御検地村々石盛窺帳/県史近世資料編)。氏神は熊野神社で天文8年再建の棟札がある。長政八幡神社は正中2年に甲奴郡本郷村の大宮八幡宮から分祀したと伝える。曹洞宗安田山西福寺は寺領6石余,田総元吉の寄付とある(水野記)。また天正3年の棟札に「大旦那大江朝臣永井加賀守元里同信濃守元勝」とある。浄土真宗本願寺派金剛山正覚寺は三谿郡糸井村照善坊の末,慶長13年空然の開基という。明治4年中津県を経て,広島県に所属。同17年字九瀬地を木屋村へ編入。同村の字平田長政を合併した。明治13年正覚寺に小学校を開設,のちに安田小学校となる。同21年の戸数160・人数797。同22年市制町村制施行による安田村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7424136
最終更新日:2009-03-01




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