ケータイ辞書JLogosロゴ 秋穂二島村(近代)


山口県>山口市

 明治22年〜昭和19年の吉敷郡の自治体名。大字は編成せず。明治24年の戸数880(ママ)・人口3,434(うち男1,740・女1,694),厩280,寺4,学校1,船90(徴発物件一覧)。村の主要産業は,近世以来農業(米作)が中心で,このほかに若干の製塩があった。製塩は従来個人の経営が主であったが,昭和18年に隣接する秋穂町と合同で組合を結成した。このときの村の塩田は長浜塩田が24町余,南塩田が12町余であった。このほか海に面している関係から水産業も行われたが,多くは農民が合間に行う程度で漁業の専業はほとんどなかった。明治35年の戸数734・人口3,608,うち男1,790・女1,818(県の統計百年)。世帯数・人口は,大正9年793・3,624(うち男1,795・女1,829),昭和19年806・3,589(うち男1,701・女1,888)。同年「大山口市建設構想」に基づいて吉敷郡南部の町村とともに山口市に合併し,同市の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7424387
最終更新日:2009-03-01




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