ケータイ辞書JLogosロゴ 中ノ瀬(近代)


山口県>錦町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ広瀬村,昭和15年広瀬町,同30年からは錦町の大字。明治22年の戸数105・人口457,男233・女224(広瀬村誌)。同24年の戸数105・人口477(男239・女238),学校1,船5(徴発物件一覧)。明治15年頃から昭和初期まで,奥地から出される木材を出市で筏に組み,宇佐川・錦川で岩国まで荷物と人を運んでいた(広瀬村誌)。大正3年,岩国から日原まで山陰道・山陽道を結ぶ道路が開通し,同9年県道に昇格,昭和33年国道187号に昇格。昭和2年,当地から宇佐までの県道が開通(同57年国道434号に昇格)。地内の出市は両道路の分岐点で,昭和9年に岩国〜日原間,同22年宇佐までの国鉄バスが開通し,交通の至便な地域となった。同35年の田8町2反余・畑(樹園地とも)8町9反余,役肉牛30頭・乳牛1頭,同50年の田4町5反余・畑(樹園地とも)4町7反余(農業センサス元調)。昭和35年から15年間に田畑ともに半減した。これは過疎化と農業就業人口の老齢化が原因である。昭和35年ごろまでは役肉牛が田畑耕耘に使役されていた。昭和60年の世帯数73・人口206(男96・女110)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7426050
最終更新日:2009-03-01




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