ケータイ辞書JLogosロゴ 殖栗郷(古代)


徳島県>佐那河内村

奈良期〜平安期に見える郷名「和名抄」名東【みようどう】郡(名方東郡)六郷の1つ伊勢本・東急本は「恵久刹」,刊本は「恵久利」と訓む郷名の初見は京都泉涌寺所蔵の無垢浄光大陀羅尼経の奥書で「殖栗郷泰禅売御為四恩奉写了,天応元年十二月六日 秦忌寸氏連」とある(平遺題跋1)当郷の比定地について,「地名辞書」は現在の名東郡佐那河内村ではないかと推定しているが,「地理志料」は佐那河内村から徳島市一宮町・国府町延命・国府町矢野にかけての一帯に比定している「県史」1は中村(現在の徳島市国府町中)の用水に「えくり俣」が存在するところから,同地付近も当郷に含まれるのではないかという佐那河内村には「延喜式」神名帳に見える阿波国名方郡9座のうちの天石門別豊玉比売神社・御間都比古神社があるなお中世のものと推定される国内式社記載文書(徴古雑抄1)に「□□郷〈恵久□〉」と見えるなお江戸期の「阿波志」の名東郡の郷名の項には「殖栗 今廃」とある
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7427165
最終更新日:2009-03-01




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