ケータイ辞書JLogosロゴ 英多郷(中世)


愛媛県>今治市

 鎌倉期から見える郷名。野間郡のうち。正安2年8月18日の六波羅下知状写(三島家文書/編年史2)によれば,和介本郡内に散在する貞光名のうち1町7反は三島大祝の所領であり,御家人役勤仕の地であったが,これを文永年間に当郷住人の進士(善三島氏か)入道に沽却したという。応長2年3月の大山祇神社造営段米支配状に「英多郷 十三石四斗八升六合七勺 加有恒五反小定」と見え,当郷が伊予国衙領の1つであったことが知られる。なお「与州新居系図」によると,成俊流の新居氏のうち,高橋氏から分出した英多氏がある。宇佐美勘解由左衛門尉にあてた文亀元年8月6日の河野通篤知行宛行状(小松邑誌/編年史4)に「宛行 一所英多郷別名之事 一所同郷中村分之事」と見え,英多郷内に別名が存在していたことがわかる。さらに宇佐美二郎左衛門(家宗)にあてた大永8年10月2日の重見通恒知行宛行状(小松邑誌/編年史4)には「宛行 一所 英多国方廿一貫分」と見え,当時,英多郷は宇佐美氏の所領となっていたことがわかる。現在の今治市大字阿方・別名【べつみよう】一帯に比定される。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7430659
最終更新日:2009-03-01




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