ケータイ辞書JLogosロゴ 明越浦(近世)


愛媛県>宇和島市

江戸期〜明治22年の村名宇和郡のうち遊子【ゆす】浦の枝浦の1つ宇和島藩領蒋淵【こもぶち】半島の基部に位置する寛文年間の「西海巡見志」によれば,片浜の集落で,家数11軒,他の枝浦7か村を含めた船数61,うち60石積船1・70石積船1・猟船59,加子数125,うち役加子46本百姓の耕地7反余,村君持の鰯網1帖(墅截・大成郡録)なお「西海巡見志」に見える中浦は石高を「明越之内」としており,家数5軒の片浜集落とあるが,「大成郡録」の宝永3年分にはすでに見えない鰯漁を中心とした,遊子浦の中心的漁港であった明治6年愛媛県に所属同11年北宇和郡に属し,同22年遊子村の一部となる現在の宇和島市遊子のうち明越
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7430677
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ