ケータイ辞書JLogosロゴ 家串浦(近世)


愛媛県>内海村

 江戸期〜明治22年の村名。宇和郡のうち。内海浦の枝浦。宇和島藩領。御荘【みしよう】組・松之荘に所属。村高は郷帳類では内海浦にまとめて記載されており不明。庄屋は内海浦の実藤家が兼務。組頭役は吉良家。内海浦の中心にあたり港があった。寛文年間の「西海巡見志」によれば高96石余,家数17軒,港には船番所があり,100石積以上の船15艘が入港可能で,船数51,うち漁船49が当浦に記入されているが,内海の各浦の船をまとめて記入。加子もまとめて記入され加子数70,うち役加子55。「大成郡録」では田1町7反余・畑3町2反余。寺院は禅宗孤円山如意庵(泉法寺)。伊達氏入封以前からの元網1帖があり,のち鰯網2帖・䰽網1帖であった。明治6年愛媛県に属し,同11年南宇和郡に所属。同22年内海村大字内海の字名となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7430775
最終更新日:2009-03-01




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