ケータイ辞書JLogosロゴ 魚棚町(近世)


愛媛県>吉田町

 江戸期〜明治22年の町名。宇和郡のうち。吉田町の家中町に対する町人町の1つ。1〜3丁目があった。明暦3年吉田町の町割りによって成立。鮮魚・魚加工品・海産物を扱う店が集中し,港に臨んでいたので運送業・問屋などの豪商も多く,浜通りはこれらの土蔵が並んでいた。町人町,わけても魚棚町は飲料水に不自由したという。宝暦11年には3丁目の丁頭が連名で,水道費用分担について本町2丁目丁頭へ願い出ている。同年の「御町中役家数元帳」によれば1丁目に19軒,2丁目に22軒,3丁目に28軒の町人役負担の役家があった。1丁目には同丁の半分を邸宅で占める豪商高月本家があり,紙の専売・海運業・酒造業を営み,町年寄・掛屋も勤めた。火災は寛文7年・宝永元年・安永6年・同7年・寛政2年と多いので藩では正徳2年に自身番を強化し,火の用心に努めさせた。同丁にはほかに船改番所・運上場などがあり荷物はここで荷上げされ,商人たちの土蔵へ運ばれた。また浜通りの芝居場と称した広場では毎年9月,氏神八幡宮の祭礼から10日間,ここに小屋掛けの芝居が興行された。平日はここで見世物・手品・相撲などが興行された(吉田町誌・吉田藩昔語)。明治6年愛媛県に属し,同11年北宇和郡に所属。同18年宇和島の同一町名と区別し,郵便物などの混乱を防止するため県の布達甲40号により吉田町の各町には吉田の名を冠することとし同町も吉田魚棚町と称した。同22年吉田町の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7430983
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ