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愛媛県>内海村

 明治22年〜昭和3年の内海村の大字名。江戸期の内海浦のうちの網代・魚神山・家串・平碆・柏崎・赤水・高畑・中浦・猿鳴の9か浦および平山・防城成川・深泥の3か村をもって大字内海となる。明治21年網代の浦和盛三郎が伊予物産会社創立。同35年漁業法の実施により,内海浦の区域をもって,内海漁業組合を翌36年に設置。網代・魚神山は別に,由良漁業組合を組織するが,明治37年解散,内海漁業組合に合同。大正2年打瀬網漁業を柏崎・中浦の者が始める。大正10年鰯網集魚灯にカーバイドを使用,夜間操業が本格化する。同12年,中浦浜田祐太郎が鰯網ではじめて石油発動機付引船を使用。資本制漁業の発展とともに,各地に漁業紛争が発生。明治24年柏崎キビナゴ子ウチ刺網漁場に関する紛争,大正2年畑田島大敷網漁業に関する紛争,大正6年網代・魚神山両集落地元水面に関する紛争,明治39年東西両外海専用漁場獲得申請に対する内海村の抗議,昭和11年宇和海における揚繰網入漁の抗争。なお,最大の紛争として,高知県宿毛【すくも】湾入漁問題がある。昭和3年字網代・魚神山・家串・平碆・柏崎・須ノ川・平山・防城成川・深泥・中浦・猿鳴・高畑・赤水となる。現在の内海村と御荘町の各一部の地。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7431018
最終更新日:2009-03-01




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