ケータイ辞書JLogosロゴ 裡町(近世)


愛媛県>吉田町

 江戸期〜明治22年の町名。宇和郡のうち。吉田藩陣屋町(家中町)に対する町人町の町名。裏町とも書き,明暦3年吉田藩陣屋設置により町人町として形成され,1〜3丁目があった。職人の町で,鍛冶屋・鋳掛屋・樽屋・千把(稲こき)屋・石屋などが並び,一時期には15〜20軒の紺屋があったという。職人の大半は棟割長屋に住んでいたので露地の多いのもこの町の特色である。宝暦11年の「御家中役屋数帳」によれば1丁目に23軒,2丁目に23軒,3丁目に17軒の役屋(町人役を負担する家)がある。藩政期,旅人は家中町の通行を禁じられていたため,往来は町人町を通ったので,交通は頻繁であった。抜荷売買を行う「八幡【ばはん】」と称される者も多く住んでいたが,彼らは紙座役人下代の手先として抜荷押方を勤め,不意に農家へ侵入しては箪笥・長持などを調べ,数枚の紙まで押収して所得としていた。寛政5年の武左衛門一揆は彼ら抜荷押方の目にあまる所業も遠因であった(吉田町誌・吉田藩昔語)。明治6年愛媛県に属し,同11年北宇和郡に所属。同18年宇和島の同一町名と区別し,郵便物などの混乱を防止するため県の布達甲40号により吉田町の各町には吉田の名を冠することとし,同町も吉田裡町と称した。同22年吉田町の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7431063
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ