ケータイ辞書JLogosロゴ 奥浦(近世)


愛媛県>吉田町

 江戸期〜明治22年の村名。宇和郡のうち。宇和島藩領。立間郷に所属。村高は天正検地では298石余,「慶安郷村数帳」では298石余,「元禄村浦記」「天保郷帳」ともに414石余,「旧高旧領」406石余。寛文年間の「西海巡見志」では家数25軒,船数30艘・加子60人,うち6人役加子とあり,枝浦に船間浦・中浦があった。「墅截」では「村柄は中ノ上,水掛りは悪」とある。「大成郡録」では田17町5反余・畑3町6反余,小物成は真綿・麻苧・漆・漆実,家数95軒・人口516,牛5。伊達氏入封前の元網が5帖あり,鰯網4帖・網船8艘・小船25艘を持っていた。神社は一宮社・天満天神社・天王社。寺院は真言宗西蓮寺。明治6年愛媛県に属し,同11年北宇和郡に所属。同22年奥南【おくな】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7431263
最終更新日:2009-03-01




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