ケータイ辞書JLogosロゴ 小立間(中世)


愛媛県>吉田町

鎌倉期に見える地名宇和郡のうち宇和荘内立間郷に所属したか寛喜3年3月27日の将軍藤原頼経下文案(小鹿島文書/編年史2)に「宇和庄内小立間 重貞名」と見えるこのとき橘薩摩公業が,その子乙王丸(のちの公義)に分割譲与した宇和荘内の名地頭職重貞名の別称「宇和旧記」によると,建治年間,立間郷地頭に藤原重貞の名が見えるが,当地を本貫とする土豪か橘薩摩氏は,嘉禎2年,宇和郡地頭職を改替され,肥前長島荘地頭職を得るが(吾妻鏡・小鹿島文書),それと同時に,当名地頭職の権益を失ったのではあるまいかなお当地の所在については,吉田町立間内の立間小学校付近に「乙王」なる小字が残存することから,その付近とする説が有力である(南宇和郡史・伊予に於ける荘園の研究)
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7431934
最終更新日:2009-03-01




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