ケータイ辞書JLogosロゴ 目黒村(近世)


愛媛県>松野町

 江戸期〜明治22年の村名。宇和郡のうち。はじめ宇和島藩領,明暦3年からは吉田藩領。村高は「慶安郷村数帳」では705石余,うち田664石余・畑41石余,「元禄村浦記」705石余,「天保郷帳」703石余,「旧高旧領」499石余。明暦4年春,宇和島藩領の杣人が小岩谷山で枌【そぎ】挽き中を,目黒村庄屋に見とがめられ,枌を差し押えられたことで山論争いが起き,はじめは目黒村庄屋と,宇和島藩領松丸村庄屋との争論であったが,双方藩庁へ訴え出たので,両藩の抗争となり,ついに幕府への出訴にまで拡大した。幕府は両界を不分明とし,幕府が新規境界を設定することで,寛文5年10月,7か年の歳月を経て落着した(西庄屋山境口上書,建徳寺文書/編年史6)。明治6年愛媛県に所属。「宇和郡地理全志」によれば,戸数124・人口595,うち男311・女284,米の生産額488石。明治5年の職業別戸数は,農業112・農牧牛馬2・牧牛馬1・農酒蝋造業1・雑業1・紺屋職1・山伏1,計120。同11年北宇和郡に属し,同22年明治【あけはる】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7433749
最終更新日:2009-03-01




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