ケータイ辞書JLogosロゴ 今成(近代)


高知県>越知町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ横畠村,昭和29年からは越知町の大字。明治24年の戸数39・人口162(男85・女77),船10。越知本村との交通は,仁淀川の渡し舟によった。その「舟渡し路」は近世からの下渡し(三尾の渡し)が松山行きの官道であったが,大正8年県道越知出来地線開設により上流の中渡し(木倉通り)に移り,昭和2年県営渡船となる。これにより,西ノ芝〜今成を結ぶ上渡し,横倉〜今成を結ぶ妙見渡し,黒岩村宮地〜今成を結ぶ神母谷渡は逐次その姿を消した。当時の今成堤外の中川原は美しい青松白砂の地で,春には草競馬が行われ,夏の宵の月見草,秋の観月,冬のはじめの秋グミの赤熟など,他地方に見ることのできない名勝地であった。昭和4年には高岡・吾川【あがわ】郡地方ではじめての飛行機の曲芸が行われた。同13年にグライダー練習場ができたため景勝の松は切られた。昭和40年代以後の大規模なコンクリート材料の砂利採集により往年の景観は跡を消した。当地の産業は,明治末年から昭和初年にかけて養蚕の最盛期となり,横畠村随一の産繭高を誇ったが,以後,化学繊維に押されて漸次衰退。昭和20年以後は蔬菜園芸・甘藷栽培に転換,昭和24年には里芋を主体とした今成園芸組合を創立。砂質土の特性を生かした蔬菜・ショウガ・ゴボウ・キャベツなどを生産出荷,阪神市場にその名が知られた。同45年今成地区改良区を設定,30haの自動灌水施設を竣工。昭和58年の世帯数43・人口155。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7434318
最終更新日:2009-03-01




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