ケータイ辞書JLogosロゴ 枝川(近代)


高知県>伊野町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ宇治村,昭和29年からは伊野町の大字。明治24年の戸数270・人口1,057(男528・女529),厩190。土佐電気鉄道伊野線は,同40年枝川〜伊野間,同41年咥内〜枝川間が開通したことにより高知市升形〜伊野間が全通。同42年宇治村製紙組合を結成(伊野町史)。沼地・湿地の多い土地のため農作物の水被害も多く,製紙に収入を頼っていたが,第1次大戦後は不況になったので,山地でのショウガと赤芽芋の栽培に移行し,大正12年には生産額23万貫(900t)になり,共同出荷して全国的に知られる。合併以来市街地区域の指定を受け,地域内の数か所で小規模開発事業を行い,沼地・湿地を埋め立てて宅地にしたので人口が急増した。昭和58年の世帯数1,836・人口6,109。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7434498
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ