ケータイ辞書JLogosロゴ 大平村(近世)


高知県>越知町

 江戸期〜明治22年の村名。高岡郡のうち。土佐藩領。村高は,寛永地検帳40石余(南路志),寛文7年の郷村石付でも同高,寛保3年の郷村帳40石余,「天保郷帳」では「別符山村枝郷」と見え40石余。明治3年の郷村帳では別府山【べふやま】1,511石余のうち。大平・桐見川郷と称された。慶長6年8月19日の深尾与右衛門宛の山内一豊知行宛行状には大平名として「八町九反十一代」と見える(佐川町史)。元禄地払帳によれば,深尾若狭知行40石余。「土佐州郡志」では別府山のうちとあり,村の規模は東西2里・南北20町許で,「東限越知村,西限切見川小谷,南限尾川界長者村,北限野老山峠」と見え,戸数70余,小村に五味・中大平・内野・滝之下・栃之木があり,産物は茶・楮・葛・野老。寛保3年の郷村帳によれば,戸数126・人数467(男245・女222),猟銃19,馬41。享和元年の「西郷浦山分廻見日記」によれば,庄屋小野丈蔵,地高40石余,土免6ツ余,新田25石余,家数110・人数590,猟師筒19,馬32,「産物紙漉,桐見川同断,作間働外無之」とある。この地は中世以来の木地師の里で,椀・皿・鉢・盆などが作られていた。また木地ケ奈路住居跡が著名である。庄屋・老による強固な山村支配があったが,明暦年間に当村庄屋大平氏と別府山郷大庄屋代官役小野氏との間で,村境争論から決闘が行われ,当村庄屋の更迭が行われている。寺社は,「土佐州郡志」では薬師堂・阿弥陀堂・地蔵堂2・八王子社・大明神社,「南路志」では五社大明神・八社大明神。明治4年高知県に所属。同22年大桐村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7434709
最終更新日:2009-03-01




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