ケータイ辞書JLogosロゴ 尾川村(中世)


高知県>越知町

 織豊期に見える村名。高岡郡のうち。天正18年の尾川村地検帳には「土佐国高岡郡佐川郷尾川村地検帳事」と見え,検地面積は本田39町2反余・出田23町1反余の計62町3反余で,うち荒分4町2反余,ほかに切畑7町3反余がある。同地検帳には,小村として,尾川内庄河村・尾川馬門村・尾川南地(路)村・尾川栗カ内村・尾川曳地島村・尾川谷南地曳地村・馬木ノ村・尾川谷北地柚木谷村・尾川内柚木谷村・尾川北地中屋村・尾川北地宮脇村・尾川内下尾川村・尾川内南川村・尾川内真国村・尾川内古畑村・尾川内嶺村・尾川内古畑嶺村・尾川内シタ尾村・尾川北路・尾川松木村・尾川内石津場村・尾川内小野村・尾川堂ノ野村・尾川内堂ノ坪村・尾川内馬キノ村・尾川内山室村・高平村・太サイノ村・南山村が見える。地内の尾川城は,戦国期の近沢氏の居城で,近沢祐清が当地を領有したといい(土佐軍記・元親記),南北朝期には南朝方にくみした近藤智国が当地を本拠としたと伝える。なお近沢祐清の供養位牌を蔵した祐清堂が地内馬木野にあり,下郷二ツ堂の竜宝寺跡には祐清地蔵堂がある。また天正18年霜月10日の日付を有する近沢家由緒書には「四国土佐之国佐川ノ内尾川ト云所」と見える(木屑)。なお文禄年間のものと推定される8月17日付の久武親信非有連署覚書には「一,尾川山槙木之事」「尾川庄屋」などと見える(古文叢)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7434769
最終更新日:2009-03-01




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