ケータイ辞書JLogosロゴ 相窪村(近世)


福岡県>甘木市

 江戸期〜明治22年の村名。筑前国下座郡のうち。はじめ福岡藩領,元和9年秋月藩領,寛永13年御内証替えにより再び福岡藩領。ただし,幕府への書上げは秋月藩領とされた。村高は,「慶長国絵図」では阿井窪村と見え167石余,「正保郷帳」でも阿井窪村と見え188石余(田57石余,畠130石余),「元禄国絵図」188石余,「天保郷帳」222石余,「旧高旧領」221石余。元和9年の分知時の村高は210石余。産土神は林田村の林田神社(現美奈宜神社)。村内には天神社があった。明治6年字中河原に第10大区の調所が置かれた。同年の戸数45・人口202(男111,女91),馬12・牛15,田5町余・畑17町余・大縄田畑8反余,正税は米・大豆42石余,雑税は米・大豆1石余と金5円余(地理全誌)。同22年蜷城【ひなしろ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7437862
最終更新日:2009-03-01




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