ケータイ辞書JLogosロゴ 在自郷(中世)


福岡県>津屋崎町

 鎌倉期〜戦国期に見える郷名。宗像郡のうち。弘長元年7月2日,宗像大宮司にあてた預所備中守某奉書に「宗像社領在自・宮地・鞍手三箇所事,任旧例并関東御教書,令去進宮方内畢」とあって,同年10月14日には,これを受けて六波羅御教書が宗像大宮司に出され,社家の進止するところとなっている(宗像大宮司文書/鎌遺8677・8722)。次いで,乾元2年6月の宗像社領田代并立用以下目録の中に「在自」がある(応永社家文書総目録/宗像郡誌中巻)。南北朝期に入って,建武元年3月20日の雑訴決断書牒の中に「在自」が見え(同前),正平23年宗像宮年中行事には,「在自郷牧口大明神」「在自郷若宮明神」などがある(神道大系神社編宗像)。また,応永神事次第の永享9年3月7日の追記部分中,「白馬出郷之次第」の中に在自郷がある(同前)。下って,永禄4年6月1日,宗像氏貞が宗像神社の「諸社之御祭礼立用米」に寄進した100町の中に「在自郷参町」とある(宗像神社文書/宗像郡誌中巻)。なお,天正年間の「指出前之帳」によれば,当村の地積・分米は田46町余・524石余,畠19町余・111石余,合計65町余・636石余。同帳では別に柳宿村の名が見える。文禄4年の筑前鞍手宗像御牧三郡内知行方目録帳では,鞍手郡あらし村として636石8斗5升とある(小早川家文書1/大日古)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438072
最終更新日:2009-03-01




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