ケータイ辞書JLogosロゴ 荒津別符(中世)


福岡県>苅田町

 鎌倉期〜戦国期に見える別符名。豊前国京都【みやこ】郡のうち。宇佐弥勒寺領。荒津荘とも見える。鎌倉初期成立の宇佐弥勒寺喜多院所領注進状(石清水文書2/大日古)には,荒津別符40町とある。また建久図田帳には,京都北郷にある弥勒寺の加納得善名の1つとして荒津四郎丸40町があげられている(到津文書/鎌遺926)。荒津別符と同一地域と思われる。承久2年弥勒寺を管領する石清水八幡宮の検校善法寺祐清は,荒津荘を子息の長寿法眼(長清)に譲り,文永7年にはその孫玄親の知行するところであった(石清水文書6/大日古)。南北朝期,田原正曇(直貞)の苅田【かんだ】荘地頭職に対し,荒宇津大和孫太郎らが所務濫妨をしており(入江文書/大分県史料10),のち田原千代若丸に荒津の内20町が預け置かれた(田原達三郎文書/同前)のも,このあたりに起因することであろうか。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438078
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ