ケータイ辞書JLogosロゴ 新津手永(近世)


福岡県>苅田町

江戸期の手永名小倉藩領における広域行政区画である手永の1つで,大庄屋が置かれた豊前国京都【みやこ】郡のうち当手永に属する村は,慶応2年には雨窪・苅田【かんだ】・浜町・提【ひさげ】・光国・馬場・南原・集【あつまり】・尾倉・与原・新津・片島・岡崎・葛川・稲光の15か村(京都郡誌)明治3年には片島村が上片島・下片島の2か村に分かれ,また新たに松山分村が加わって17か村,戸数1,015・人数4,777(同前)なお,元和8年の「人畜改帳」では,雨窪・苅田町・浜町・提・光国・馬場・南原・集・尾倉・与原・新津・堅島・葛川・稲光の14か村が記載され,大庄屋のうちに堅島四郎左衛門・稲光五郎兵衛・雨窪二郎右衛門の名が見える大庄屋は,文久元年には新津喜平次(県史資料7)現在の苅田町の一部にあたる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438081
最終更新日:2009-03-01




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