ケータイ辞書JLogosロゴ 板井荘(中世)


福岡県>小郡市

 南北朝期に見える荘園名。筑後国御原郡のうち。貞和7年2月18日の散位某奉書(修学院文書/佐賀県史料集成5)に「□井庄古飯村」とあるのが唯一の史料。古飯【ふるえ】村は板井の東南約2.5kmに位置していることから,欠字部分は「板」と推読される。同文書によれば,古飯村の古飯次郎資信跡が足利直冬によって肥前背振山修学院に寄進されている。荘域は宝満川の左右両岸にわたる沖積地に臨んでいたものと思われ,東に天満宮領岩田荘,南に宝荘厳院領鰺坂荘が相接していた。なお,「吾妻鏡」元暦2年7月12日条に見える平家没官領板井種遠跡の1つに比定される。板井氏は原田種直とともに平氏方勢力の一翼を担っていた府官大蔵氏の一族で,おそらくその一派がこの地に土着して板井氏を名乗ったものであろう。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438275
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ