ケータイ辞書JLogosロゴ 一条町(近世)


福岡県>筑後市

 江戸期〜明治5年の町名。上妻郡のうち。久留米藩領。久留米・府中より羽犬塚へ通じる街道に茶屋町として造られた。元禄元年(米府年表では2年)に一条村ならびに久留米あたりから移り出て町が出来たという。古名をとって盛徳町と呼んだが,藩主の生母を盛徳院と称したので,一条町と呼ぶよう藩命があった(小川志純筆記)。元禄元年10月南野往還の大路に店を建て,外輪に堀を掘り土居を築き竹や杉を植えた。町の長さは南北180間,東西54間余,町宅口構えは竹戸であった。郡司の里村金右衛門常重がその工事に当たった(家勤記得集)。町別当は古賀氏。明治5年一条村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438297
最終更新日:2009-03-01




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