ケータイ辞書JLogosロゴ 稲光名(中世)


福岡県>苅田町

 鎌倉期〜戦国期に見える名【みよう】の名。豊前国京都【みやこ】郡のうち。宇佐八幡宮領。建久8年の豊前国図田帳に宇佐宮領稲光50町が見える(到津文書/鎌遺926)。はじめ神領として神官が知行していた。嘉禄2年には宇佐宮権大宮司公政が舎兄公隆の押領を幕府に訴えている(同前/同前3537)。貞治2年には擬大宮司大神宮義が稲光名定米を代銭50貫で田部円妙に売却している(永弘文書/南北朝遺2255)。室町期になると武家領としての性格を強め,16世紀はじめには稲光50町が大友親治より田原千代若丸に預けられ(田原文書/大分県史料10),弘治年間には山田隆朝の跡地稲光40町を志賀親度が知行した(志賀文書/熊本県史料2)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438366
最終更新日:2009-03-01




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