ケータイ辞書JLogosロゴ 岩津村(中世)


福岡県>高田町

 戦国期に見える村名。筑後国三池郡のうち。文明〜明応年間の頃大友政親が田尻恒種に与えた306町の中に岩津27町があり,以後代々岩津は大友氏判形の地として田尻氏に安堵された(田尻文書/佐賀県史料集成7)。天正7年以降田尻氏は肥前竜造寺氏に従うようになるが,同11年田尻鑑種は竜造寺隆信に反逆してその知行地を没収され,同年と思われる9月5日の竜造寺政家知行宛行状によれば,岩津は一時竜造寺氏の家臣横岳兵庫頭に宛行われた(横岳文書/同前6)。天正13年,鑑種は竜造寺政家の筑後防衛に功績を挙げ,再び筑後の旧領を回復したが,同15年秀吉の大名配置により,岩津は立花宗茂の知行地の一部となった。文禄4年筑後国知行方目録(立花文書/県史資料4)に記載された岩津村の村高は481石1斗となっている。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438525
最終更新日:2009-03-01




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