ケータイ辞書JLogosロゴ 漆生荘(中世)


福岡県>稲築町

 鎌倉期に見える荘園名。筑前国嘉麻郡のうち。文永7年3月,石清水検校善法寺宮清が注進した宇佐弥勒寺領の中に,「同弥勒寺領西宝塔院家庄」9か所の1所として「漆生庄」の名が見える(石清水文書6/大日古)。その後,年未詳の宇佐宮式年御造営記によれば,当荘は永仁7年神殿修理のため宇佐宮に寄進された(益永文書/大分県史料29)。しかし,宇佐宮領漆生荘は戦国期までに崩壊していたようで,戦国期の年未詳10月19日内藤隆春の記した注文によると,「漆生」30町は秋月種実の支配地となっている(萩藩閥閲録99-1)。なお,天正年間の「指出前之帳」には「漆生村」と見える。田74町余・分米584石余,畠27町余・分大豆133石余であった。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438674
最終更新日:2009-03-01




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