ケータイ辞書JLogosロゴ 枝光名(中世)


福岡県>三橋町

 鎌倉期〜戦国期に見える名【みよう】の名。筑後国山門【やまと】郡のうち。寿永元年8月16日付の鷹尾神社公文所下文案に枝光名が鷹尾社の饗膳を調進する名の1つとされていることが見え(鷹尾神社文書/平遺4045),弘長3年8月日付の筑後鷹尾社神官等申状案に,枝光名が他の3か名とともに同社の支配から離脱しつつある状況を伝えている(鷹尾文書/鎌遺8982)。文禄4年12月1日の筑後国知行方目録に,山門郡の内として「弐百六拾石八斗七升 枝光村」と見える(立花文書/県史資料4)。なお,同地に鎮座する三島社は天治2年に東北に接する蒲池より移座された伝承をもち,戦国期を通じて蒲池氏の影響下にあったことを物語る。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438725
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ