ケータイ辞書JLogosロゴ 大隈村(近世)


福岡県>嘉穂町

 江戸期〜明治22年の村名。筑前国嘉麻郡のうち。福岡藩領。当村内の町場は大隈町として分離しているが,「元禄郷帳」「天保郷帳」では当村枝郷と注記している。天正年間の「指出前之帳」によれば,田29町余・分米342石余,畠2町余・分大豆18石余。文禄4年12月1日小早川秀俊が国司元信に与えた知行方目録には大隈村366石8斗4升と見える(萩藩閥閲録55)。村高は,「慶長国絵図」511石余,「正保郷帳」573石余(田545石余・畠28石余),「元禄国絵図」573石余,「天保郷帳」620石余,「旧高旧領」616石余。産土神は鱖(鮭)大明神で,「続風土記」に「霜月十三日祭あり。是鱖魚を神に崇むと云。是古にいわゆる鮑君神の類にや,いぶかし」とする。岩根寺は下益村麟翁寺末で,後の山に奇岩がある(続風土記)。鱖大明神境内に,明和元年銘の石碑があり,ここに遠賀川をさかのぼるサケを埋めてきたので鮭塚という。サケがそこから鮭神社を礼拝したという俎石と呼ばれる石が,人家と遠賀川の近くの2か所にある。明治初期の人家は本村・四郎丸にあり,戸数72・人口340(男168・女172),田41町余・畑4町余・山15町余,正租は米・大豆334石余,雑税は米・大豆10石余と金4円余,池6,牛40・馬5,川艜7艘(地理全誌)。明治22年大隈村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438829
最終更新日:2009-03-01




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